カテゴリー: 歴史とお菓子の優雅な世界

23 フランツ・ヨーゼフ1世(18〜19世紀)

 


フランツ・ヨーゼフ一世は、オーストリアのハブスブルク王朝最後の皇帝です。皇帝らしい皇帝とされ、その容姿にも風格と気品があり、明治天皇が、正装の様式を学 ばれたともいわれています。

伯父フェルディナント一世の退任後即位しましたが、その治世はハンガリーの反乱 (一八四九)、一八六六年の普墺戦争、オーストリア・ハンガリー二重王国の成立、 バルカン問題、第一次世界大戦など歴史的大事件が相次ぎ、多難をきわめました。

それにもかかわらず、フランツ・ヨーゼフ一世ほどお菓子とゆかりが深く、お菓子を愛した皇帝も珍らしいほどです。

パンケーキのカイザー・シュマーレン(皇帝のパンケーキ)はオーストリアで最 も親しまれているお菓子の一つです。

kaser(カーザー)というのはアルプス地方の酪農家のことで、アルプス高原の放牧地で作られていたパンケーキがカーザー・シュマーレンとよばれていたものです。

皇帝フランツ・ヨーゼフ一世がイシュルに滞在していた時、ある一人の料理人が狐色にこんがり焼いたこのカーザー・シュマーレンを皇帝に献上したのでした。皇帝は大そう喜 ばれ、そのおいしさにいたく感激されたのでした。それ以来、カーザー・シュマーレンはカ イザー・シュマーレンとよばれるようになったと文献に示されています。

イシュルはオーストリアの有名な保養地で、皇帝にとっては思い出深い所です。

一八五三年八月、ドイツのバイエルン公マクシミリアン・ヨーゼフの娘で、以前にキッシンゲンで出合ったこともあった美しい女性、エリザベートと再会します。ウィーンの宮廷 の実権を握っているゾフィ大公妃が息子のフランツ・ヨーゼフの妃選びに乗り出し、姪のへレーネに白羽の矢を立て、イシュルに呼び寄せたのでした。このへレーネにつきそってきた のが妹のエリザベートだったのです。皇帝は母の反対を押し切り、一七歳のエリザベートを 皇妃に迎えたのでした。

思い出のイシュルには、今もフランツ・ヨーゼフおかかえだったというKonditoreiZauner (コンディトライ・ツァウネル)という菓子店があり、連日賑わっています。ラムトリュフを 飾ったチョコレートケーキのカイザー・トルテ、ふんわりやわらかな皇帝のオムレツやスフレなど、フランツ・ヨーゼフ一世の名をとどめるお菓子は誰にも親しまれる素朴なお菓子です。

けれども、絶対権力を継承する皇太子として保守的教育を受けた皇帝は時代の流れに対処できず、対外的にも失敗をかさね、オーストリア帝国を崩壊に導いてしまいます。そのうえ家庭 的にも幸せに恵まれず、皇子ルドルフは変死し、皇太子となった甥フランツ・フェルディナントもサライェヴォ事件で暗殺され、最愛の皇妃エリザベートも皇帝のそばにいる日は少なく旅にさまよい、ジュネーブで暗殺されてしまいます。

ハブスブルク王宮おかかえの店、ウィーンのデメル菓子店には、王の肖像画を飾った部屋が ありますし、ウィーンの一流ホテル、ザツハには世界的に知られたチョコレートケーキのザッ ハ・トルテを愛好した著名人のサインを刺繍したタペストリーがありますが、これにもフラン ツ・ヨーゼフ一世の美しい文字が記されています。オーストリアにはフランツ・ヨーゼフゆかりのお菓子やお菓子屋さんが今もたくさんあり、孤独な皇帝をなぐさめたお菓子たちに出会うた び、ほっとさせられます。